a curator's memorandum

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論文マラソン138 山下寿水「サルバドール・ダリ《ヴィーナスの夢》における、塗り隠された縄跳びについての発見とその試論」

山下寿水「サルバドール・ダリ《ヴィーナスの夢》における、塗り隠された縄跳びについての発見とその試論」(『広島県立美術館研究紀要』第16号、2013年3月)。

 

0 要旨

1 はじめに

2 インスタレーションとしての《ヴィーナスの夢》

3 消えた縄跳びの記憶

4 おわりに

 

広島県立美術館所蔵《ヴィーナスの夢》は、画面の一部分(画面中央の女性が手にしている縄跳びとその影)が塗り消されていることが分かった。その描きなおしの理由についてダリの思想・作品との関連性を交えて考察する。

〇《ヴィーナスの夢》は243.8×487.6cmという長さで、ダリがこれまで描いてきたモチーフの集大成のようである。柔らかい時計、燃えるキリン、引き出しのついた人間。また画面上部の山並みは幼い頃に別荘地カダケスで見た風景であり、人間の横顔を示すダブルイメージにもなっている。船の残骸、その近くの親子などこれらイメージ群の多くは子供の頃の記憶と分かちがたく結びついている。

〇また本作は1939-40年のニューヨーク万国博覧会のパビリオン「ヴィーナスの夢」の内壁に展示するために制作された。インスタレーション形式の展示がなされ、天井からコウモリ傘がつるされたり、絵画と呼応したオブジェが置かれた。こうしたインスタレーション表現は、マルセル・デュシャンが1938年に実施した国際シュルレアリスム展で実施したものに影響を受けていると考えられる。

〇ダリは時節、作品の完成度を高めるために当初の構成に描き加えることがある。では女性がもっていた「縄跳び」も不要であると感じ、消したのか。本作と同年の1939年に描いた《縄跳びをする少女がいる風景》にある少女は、ヴィーナスの夢で消される前の縄跳びをする少女とよく似ている。この少女は、ダリの幸せだった子供時代の象徴として描かれている。また別の作品《アリス・イン・ワンダーランド》にもこの少女が描かれる。

〇この2作は縄跳びをする少女の影と、それぞれ「鐘」「ツバメ」が共鳴するイメージの題材として描かれている。《ヴィーナスの夢》で縄跳びが消されたのはこの共鳴するイメージが欠落していたからだろうか。また船の残骸が形態的に似ていたからかもしれないし、オブジェのコウモリがあってまとまりがつかなくなったからかもしれない。またこの塗り消しはダリ本人以外には考えにくい。