a curator's memorandum

1日1本論文を読んでメモする、論文マラソンをやっています。

論文マラソン122 千野香織「日本美術のジェンダー」

千野香織「日本美術のジェンダー」(『美術史』43(2)、1994年3月)。

 

はじめに

1 現代の美術史学と日本美術史

2 「ジェンダー」という概念

3 平安時代におけるアイデンティティの模索ー「唐」と「和」から成る二重の二重構造

4 ジェンダー理論から見た日本美術史

おわりに

 

◯「様式の変遷を解釈する」という日本美術史研究の源流はヴェルフリンにあり、江戸時代以来の鑑定(目利き)の技術と19世紀から20世紀前半にかけての西洋近代の美術史学の結合したものが現在の日本美術史であり、西洋の美術史学の言説がいま問題とされている。

◯セックスとは「男女それぞれの性器によって区別される生物的な身体」であり「男」「女」に分類される。一方ジェンダーとは「男女の身体に上乗せされるように設定された社会的、歴史的な役割・範疇」と定義すると「男性性」「女性性」に分類できる。

◯また男性性と女性性は生物学上の男、女と結合しているわけではない。ジェンダーは時代や地域によって変化しうるものである。

◯男性性と女性性を対概念として考えると、前者の特徴は「大きい、偉大、力強い、恒久的、公的、一元的、激しい、攻撃的」など。後者は「小さい、繊細、優しい、ささやか、はかない、私的、多元的、穏やか、調和的」などを意味する。

◯なおこの対概念は普遍的なものではなく、単純な二元論でもない。言語化しがたい日本美術の様相に一つの座標軸を設定している。

◯日本美術の歴史の流れを決定したと思われる平安時代に焦点を絞ると、9世紀前半の唐風文化賛美時代は過ぎ「唐ではない自己」の文化を創造する動きが始まった。その一例が仮名文字、平仮名の創造である。

◯平仮名の場合、契丹文字西夏文字と異なり、漢字は漢字として残し、それを柔らかく崩した文字を、唐ではない自己の文字としたことに特徴がある。唐と自己を、別個の存在価値をもつものとして併存させる発想である。また漢字は公文書や漢詩、仏典などに、平仮名は和歌や私の日記に用いられ、役割を分担した。

◯唐絵とやまと絵の区別が、題材の区別に基づき、平安時代を通じて併存した。障屏画の機能は絵の前の空間の性格を視覚的に表明することだから、儀式の場合は唐絵が設置された。

◯そうした日本の二重構造の外側に、本当の唐が存在した。それは実際の唐帝国というより一種の役割、範疇としての唐であった。

◯男たちは男性性と女性性を使い分け、公と私を使い分けてきた。しかし平安時代の男たちは自らのアイデンティティを進んで女性性に求めた、世界でも稀な例である。支配者側の人々は、結局は女性性を示す美術に憧れ、それを所有することを歴史的に繰り返した。

◯近代までの日本文化や美術におけり支配的価値観としての女性性は決して女を意味するのではなく、男によって体現される女性性であり、制度としての天皇を意味していた。