論文マラソン56 大谷省吾「外山卯三郎―「純粋絵画」の名のもとに」
大谷省吾「外山卯三郎―「純粋絵画」の名のもとに」(『近代画説』第11号、2002年12月)。
北海道時代―新興美術運動への関心
『詩と詩論』への参加
1930年協会、独立美術協会とともに
純粋絵画論
前衛美術への態度
美術批評家協会の結成、そして戦争のなかで
戦後の活動
◯外山の代表的な著作『純粋絵画論』は印象批評を排し、その主張をまとめると「直感的に把握されたモチーフを、画家の感受性に基づいてデフォルメされた色彩・線条・構図によって表現すること」である。フォーヴィスムの解釈といえるだろう。
◯彼の理論は1930年協会、独立美術協会の初期の運動と共にあり、少なくない影響力があった。
◯前衛美術には若い頃から関心を持ち、自分でも作品および詩作も行っていた。初期のシュルレアリスムの紹介者でもある。
◯しかし、後にシュルレアリスムの紹介者は瀧口修造に名実共にとってかわられる。
◯重要な前衛美術の作品集出版との関わりとして、三岸好太郎『蝶と貝殻』、瑛九『眠りの理由』がある。
◯『純粋絵画論』は同時代ばかりでなく、白髪一雄もその影響を語っている。