a curator's memorandum

1日1本論文を読んでメモする、論文マラソンをやっています。

論文マラソン184 金英那「韓国近代彫刻」

金英那「韓国近代彫刻」『韓国近代美術の百年』(神林恒道監訳、三元社、2011年)

 

〇韓国では、知識階級が水墨画を修養の一つと位置付けたが、彫刻は彫師や鋳物師が造もので芸術の一分野となかなか認められてこなかった。20世紀以降、西洋美術が流入した後も、絵画は風景画や静物画というジャンルが既に韓国にあったのに対し、彫刻は一から学ばなくてはならなかった。

〇韓国近代彫刻の大部分が写実的な胸像、裸体もしくは着衣の人物像であるのは、日本の大学カリキュラムがそこに主眼を置いていたためである。植民地時代の彫刻家は、裸婦ではなく韓服を着た韓国女性を主題とした作品を多く制作した。日本ではこの種の「ネイティブ」な主題はとりわけ木彫で普及した。

〇1945年以降、国立ソウル大学に彫刻科が設置され、1950年に弘益大学校がこれにならった。朝鮮戦争の混乱がようやく落ち着き始めた1950年代に、若い世代の彫刻家たちは大韓民国美術展覧会(国展)に出品しはじめた。また国際的な交流も開始された。

〇1950~60年代に、数多くの戦争の記念碑や歴史的英雄像が都会の公園や街路沿い、大きな建造物の正面に建てられた。これらの作品群を抜きに韓国近代彫刻の歴史を考えることはできない。

〇また1950年代後半には、彫刻の分野でも抽象芸術への大きな関心が見られる。新しい素材が探求され、木、石、石膏、ブロンズに加え、鉄が用いられる。