a curator's memorandum

1日1本論文を読んでメモする、論文マラソンをやっています。

論文マラソン170 ロザリンド・E・クラウス「第1章 クロード・カーアンとドラ・マールーイントロダクションとして」

ロザリンド・E・クラウス「第1章 クロード・カーアンとドラ・マールーイントロダクションとして」(訳:井上康彦『独身者たち』平凡社、2018年)。

 

〇様式レベルにおいて、シュルレアリスムは何ももたらなさなかった、内容についての貢献はミソジニーという主題に限定される、と考えられてきた。しかしクラウスは70年代半ば、ジャコメッティの1930年代の一連の水平のゲームボードの模型の上の彫刻オブジェの重要性に気付く。

〇すなわち単なる作品の台座とみなされていたものの中に作品を折り込むことで、彫刻と現実を地続きにし、このオブジェがもつ相互作用の質を強調する点である。

ジャコメッティは活動初期にブルトンに取り上げられる前に、ジョルジュ・バタイユ率いる『ドキュマン』誌周辺のサークル(シュルレアリスムに反旗を翻したグループ)に加わり、そこからアヴァンギャルド芸術家として世に出た。バタイユが『ドキュマン』に載せた「不定形」という語=「格下げ=脱分類化」という考え方にクラウスは強くインスパイアされる。

バタイユの概念「不定形性」「変質」「格下げ」はクラウスがその後取り組む、シュルレアリスム写真の分析に有用であったと彼女は述べる。シュルレアリスムの実践である二重露光、サンドウィッチプリント、モンタージュ、焼き焦がし、ソラリゼーションは、写真の権威の源である「ストレート性」に抗う徹底的な「女性化」の構造を打ち立てたと考えたのである。

〇重要な女性の写真家としてドラ・マールをあげ、ベルメールの人形の写真なども例にあげ、カマキリやメドゥーサの呪い、そしてそれらが持っている去勢不安の負荷の一切を帯びた作品を女性嫌悪的なものとして分類する解釈に異議を唱えた。

〇さらに忘れられた写真家としてクロード・カーアンをあげる。彼女はシュルレアリスムの作家・写真家であり、女優であり、政治活動家であり、レジスタンスの参加者でありけばけばしいレズビアンであった。そしてアイデンティティジェンダーの構築に関わる活動を行い、不安定な主体の状態を探究してきた象徴的な人物としてフェミニストたちに扱われる。

〇カーアンの行った名前の変更はこれまでジェンダーの固定化を宙づりにしようとする彼女の意図と議論されてきた。クラウスはさらに同じく異性装をしたマルセル・デュシャンもあげ、彼らの変名には実はユダヤ性が結び付けられていることをあげる。デュシャンの「ローズ・セラヴィ」の「Selavy」に「Levy」(Cohenに次いでユダヤ人に最も多い名)が織り込まれているのである。さらにこの二人はセルフポートレイトを撮っている共通点もある。